昔語りをしよう

面識はまったくありませんが、自分の人生の一つの大きなイベントをもたらしてくれた方がご逝去されました。


もともとはその人がSF関係の翻訳家ということも知らずに、本屋で手にとった一冊の文庫本。
角川コンプティークのネット(当事はインターネットなんてものはなかったのです)にあるBBSでの、管理人と訪問者達の他愛もない話を載せた本でした。
(とはいえ、読んだのは中学に入ったばかりの頃。かなり記憶はうろ覚えですが)


今となってはどこのBBSででも起こりうるような、掲示板のログを載せただけの本でした。
あえて違いはといえば、管理人であるその人が酒場のマスターという役どころでホストとなり、一見の方や常連の方々が好き勝手に注文をしたり、とんでもない与太話をしたり、陽気に騒いでいるところにいろいろとレスを返すという心配り程度。


ですが、当事の自分にはこの世界がなんと輝かしく見えたことか。
ネットというものの可能性とか、そんなこ難しいものはさっぱりわかりませんでした。
ですが、そこはなんだか面白そうで、何でも出来そうで、よくわからないままに、この手に入らない桃源郷に恋焦がれたものでした。
それが尾を引いて、高校の頃には友人から引き取ったワープロ(カシオのPX−10だったかな)についている2400bpsのモデムを使ってネットへの接続なんかやってみたり。
2400bpsですよ。一秒間に半角カナかアルファベットを2400文字送受信できるのですよ。
どれくらいのスピードかというと、今では遅くなってしまったISDNが64k(64000kbpsかな)、インターネット初期には高速と言われていた288モデムも28800kbpsです。
まさに桁違いってやつです。何せ当事はHtmlもなく、画像などを見れるようなモノでもないのでテキストでの通信が基本です。
その通信、ちょっとがんばればリアルタイムで全部読めました。
通信状態が悪かったり遠隔地のネット(インターネットみたいに全国にアクセスポイントがあったのはNiftyなどの大手商業ネットだけでしたので、遠方のネットには高い電話代がつき物でした)だと1200とか300bpsとかになってしまうので、もう余裕で。
……それなのにはじめて入ったネットがExcelネットと東京BBSだけだったってのはなんなんでしょうね。自分。
そういや高校のときの遊び仲間である年上の先輩方にトーグというゲームのことを教えてもらって、その情報目当てにExcelトーグ掲示板を見ににいっていたなぁ。
と、思い出話はほどほどにして。


自分にパソコン通信とは何かという大雑把な基礎知識と、SF作品に対する好奇心と、遮二無二な憧憬を残してくれた人が遠くに行ってしまいました。
面識も何もありませんが、勝手ながら遠くからご冥福をお祈りさせていただきます。
あなたからもらった憧れを元に、今では、僕の周囲に、あの頃ほしかったいろいろな「何か」を見つけることもできました。
自分勝手な感謝でしかありませんが、本当に、ありがとうございました。

http://www.shikoku-np.co.jp/news/news.asp?id=20041013000380
矢野徹の狂乱酒場」 1988年刊行